1 校訓 

・質実剛健

・文武両道

・気品と清楚

 

 

 

 

 

 


2 発足と草創期

 本校定時制は、働きながら学ぶ勤労青少年の教育を目的として、昭和23年10月に定員400名の併設校として発足した。現在までに1,729名の卒業生を世に送り出している。 発足当時は、敗戦後の混乱からやっと立ち直りを見せはじめた時期であった。食糧難はもちろん、あらゆる生活必需物資の欠乏、大幅なインフレなど大変な時期であったが、十分な施設設備のない中で定時制はスタートした。当初は本校の前にあった旧西条高等実践女学校の古い木造校舎の一部を借りて授業を始めた。当時全校生徒は150名位でみんな向学意欲に燃えていた。生徒の職業は、市役所・郵便局・国鉄・営林署・警察署・クラレ・住友化学・商店で働く人などバラエティに富んでいた。学歴は旧制中学4年ないし5年を卒業した人や、青年学校を終えた人など、生徒の平均年齢は20歳を超えておりいろいろな年齢の人がいた。多様な人材のおかげで、楽しい授業が展開されていたようである。その頃はまだ「定時制」という呼び名になじめず、「夜学」あるいは「夜間高校」と呼んでいた。家庭の事情や経済的理由等で、上級学校への進学をあきらめていた人や 、教養を身につけたいと思っていた人たちにとって定時制は天の福音であった。定時制を卒業後、東京大学に進学した人もいた。まもなく校舎は現在の陣屋跡に移ったが、古い木造校舎の広い教室に100ワットの裸電球がたった4個という貧弱なものであった。クラレ西条工場では多数の若い中学卒業生が働いていたが、交代勤務のため定時制に通うことが出来なかった。そのため、生徒の勤務にあわせて昼と夜の授業を行う2部制授業が始まった。2部制授業は生徒数減少のため昭和54年3月で廃止となり、現在の夜間定時制に戻った。


3 定時制の現状

 定時制は、勤労青少年の高校教育を受ける機会を保障するという役割を担って発足してから半世紀が過ぎた。この間、国際化・情報化が急速に進捗し、定時制教育を取り巻く環境も大きく変わった。近年、外国籍生徒が入学するなど、働きながら学ぶ勤労青少年の学びの場から、年々変化する社会の要請に応える学びの場に変わりつつある。